優しい手①~戦国:石田三成~【完】
密室になることを憚った三成は立ち上がり、障子を全開にした。


…茶々がしょげているのは見るも明らかだったが、さも“心配してほしい”というその態度を好きにはなれない。


「秀吉様にはしかと外出を請うて来られたのか?」


「…もちろんです。あの方はわたくしの願いは全て叶えてくださる」


庭には桃と幸村が“くろ”と勝手に名付けられた愛馬に水をかけてやっていた。


残暑の中、二人でとても楽しそうにしている姿を目を細めながら見ていると、どこか憎しみのこもった声が地を這った。


「あんな猿に嫁がされたわたくしを哀れには思わないのですか…?」


――最も敬愛し、尊敬する秀吉を猿呼ばわりした挙げ句、三成の矜持をも激しく傷つけた茶々の言葉に三成は厳しく叱責した。


「…女子とて私は容赦いたしませんよ。秀吉様に何の不満が?あなた様を深く愛しておられる」


「わたくしではなく、わたくしの母を愛していたのです。わたくしは無理矢理…無理矢理嫁がされたのに…!」


げんなりした。


確かに茶々が輿入れしてきた時、三成は心細い茶々を気遣い、優しい言葉をかけてきたのだが…


このたおやかな美女はとんでもない勘違いをしているようだ。


「私は…」


全否定しようとした時――


「きゃあーっ!!」


桃の絶叫が庭から聞こえ、三成は浮足立ちながら庭に飛び出る。


「桃!?」


クロが全身を震わせて身体の水を弾き飛ばしており、前に居た桃はそれに驚いて、手にしていた桶の水を頭から被っていたのだ。


「桃殿、大事ございませぬか!?」


傍らに居た幸村がそう言った後…顔だけではなく、手も耳も首も真っ赤になっている。


その意味を悟り、無礼を承知で席を立つと長い羽織りを掴んで桃に駆け寄った。


「あ、三成さん」


「桃、これを着ろ」


「なんで?」


――ずぶ濡れになった桃は、 白いセーラー服が透けて、下着まで見えていたのだ。


「いいから着なさい。早く着替えて来い」


「せ、拙者もその方がいいかと…」


二人に迫られ、桃は首を捻りながら部屋に向かう。


男たちはため息をついた。
< 55 / 671 >

この作品をシェア

pagetop