優しい手①~戦国:石田三成~【完】
夜も更け、台所で夕飯の準備をしていた桃は庭から聞こえたクロの蹄の音と嘶きに外に出た。


「三成さん、お帰りなさい!」


満面の笑みで笑いかけた桃と三成の瞳が交差する。


一瞬にして朝の出来事がフラッシュバックしてしってがちがちになると、良い雰囲気になりかけた2人の間に割って入ってきた男が居た。


「これは三成殿、お勤め御苦労さまでございます。今宵は見目麗しいものをご覧になれますよ」


「?何だ?」


クロから降りながら聞いてきた三成に、幸村が若干優越感に満ちた声で桃の肩に手を置いた。


「桃姫にお着物を贈らせて頂きました。たいそうお似合いなので今宵は三成殿にもぜひお見せしようと…」


我が物顔で桃に接する幸村の手を三成が大人げなく鞘で叩く。


「気安く触れるなと言ったはずだぞ。…部屋に戻る」


早くもはじまった男同士の戦いに桃は相変わらず気付いていない。


扱いづらいことで大変有名な石田三成がこれほどまでに1人の女子に執心していることが、幸村の顔に笑みを浮かばせる。


「いやはや…大人げない」


「え?誰が?」


「さあ桃殿、拙者も配膳をお手伝いいたします」


――恋の奴隷となり果てた幸村は桃と共に台所に向かい、中央の間に食事を運びこむ。


幸村が待っているのは、上杉謙信の到着。


――ある日突然“尾張へと向かう”と言った謙信。


その白皙の穏やかな美貌には、確固たる決心が浮かんでいた。


“生涯不犯”の誓いを立て、正室も側室も娶らないと決めたこの男が、自らの意思で動いた。


“尾張に私が生涯最も必要とする者が居る”


そう謙信に言わしめ、今頃は昼夜を問わず馬を駆けてこちらに向かって来ているはずだ。


「…それが桃姫でなければ良いが…」


謙信に勝てるはずが無い。

傍に居る三成にも苦戦を強いられているのに、あの物腰やわらかく戦を嫌う男に一度情熱の焔が灯れば…女子などいとも簡単に陥落するに違いない。


今は武田信玄との戦にほぼその情熱を傾けているが、それが女子に向かえば、ひとたまりもない。


「罪な女子よ…」


恋の戦は、これからがはじまりだった。
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