優しい手①~戦国:石田三成~【完】
「どうして私だけ怒られなきゃいけないのかなあ」


桃から盃を奪われそうになり、それを華麗に捌きながら不満を言うと、桃は謙信の手から盃を奪おうと躍起になりながら唇を尖らせた。


「謙信さんは昔からお酒が大好きでしょ?前世だって、今の謙信さんだってお酒が原因で…………なんでもありません…」


現代では謙信の死の要因は酒の飲みすぎによる脳溢血や脳血管障害と伝えられており、謙信が酒を飲むと気が気ではない桃はようやく盃を奪い取ることに成功するとしっかりと膝に置いて謙信を叱った。


「だから…駄目!ちょっと飲む位ならいいけど、ちょっとじゃ済まないでしょ?」


「さすが桃、私のことをよくわかってくれているね。そうだなあ、君が私の傍に残ってくれるというのなら程々にしようかな」


「“私の傍”ではなく“私たちの傍”と言い直せ」


「相変わらず細かいなあ。せっかく越後の美味しい酒を飲んでるんだから楽しくいこうよ」


そして傍に置いていた琵琶を手に取り、やわらかな笑みを浮かべた謙信が桃に笑いかけると目元がさらに少し下がり、桃をどきっとさせた。


「何か弾いてあげようか?恋物語とかどう?三角関係のやつとか」


「もうっ!でも弾いてほしいな。三成さんのお屋敷で聴いたっきりだから」


「そうだね、じゃあ一曲」


――びいん、と琵琶の弦を弾き、瞳を閉じた謙信が奏でる琵琶の音が部屋を支配した。


身体の底を震わせる力強い音と、時に身体に沁み渡るような静寂の音…

交互に波が押し寄せてきて、桃と三成も同じように瞳を閉じて音に酔いしれた。


…3人で居るのが当たり前。

3人のうちの誰かが欠けていれば、もう自分たちは不完全だ。


なんだか泣きたい気分になってきた時、桃の手に大きくて優しい手が重なった。


その手は瞳を閉じていても誰のものかすぐにわかった。


「三成さん…」


「…俺はここに残る。そなたが謙信を選ぼうとも俺を選ぼうとも…ここに残る」


秀吉の傍から離れて越後で暮らすことを決めた三成――

大きな決断だっただろう。

苦しんだだろう。


そして自分を選んでくれたこの大きな手――


「もうちょっと…もうちょっと待っててね。もうすぐだから…」


――琵琶の音が優しくなった気がした。
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