優しい手①~戦国:石田三成~【完】
桃は正門の方向から隠れるように三成の背中にさっと隠れると、袖を握った。


「どうした?」


「私も正装しなきゃっ。付け髪して…綺麗なお着物着て…お化粧して…三成さん手伝ってっ」


「は…はあ!?何故俺が…」


「全部見ちゃってるんだから恥ずかしくないでしょっ?早く!」


躊躇していると、正門から続々と近隣諸国の大名が城内へと向かって入って来たので、三成は仕方なく盾になってやりながら廊下に上がり、桃の背中を押した。


「清野たちに手伝ってもらえ。俺は…」


「やだ!三成さんじゃなきゃやだ!お着物の着方は私が知ってるからちょっと手伝ってくれればいいだけだから!ねえお願い!お願い三成さんっ」


――桃の“お願い”という言葉が懐かしく、必死の形相で見上げて来る桃につい吹き出してしまった三成は、怖ず怖ずと手を伸ばして桃の肩を抱きながら歩き出した。


「上座の謙信の隣に黙ってただじっと座っていればいい。話しかけられても微笑むだけでいい。わかったか?」


「うん。着いたよ、早速着替えよ!」


…桃はあっけらかんとしているが、何度桃を抱こうとも共に寝ようとも、全く慣れない堅物の塊は居心地が悪そうにもぞもぞと身体を動かしながら桃が上等な緋色の着物を引っ張り出してくるのを見ていた。

着物の着せ方などわかるはずがなく、桃に言われるがままに手を添えたり帯を巻いたりしてやり、ようやく裸同然の桃から逃れることができた三成はどすんと座ると手拭いで冷や汗を拭った。


「男に手伝わせるものじゃないぞ」


「そう?謙信さんなら喜んで手伝ってくれたと思うけど」


「あの助平の塊と一緒にするな。…紅なら引ける。俺がやってやる」


鏡台の前に座った桃は長い付け髪をつけて、ほぼ別人のようになっていた。

白粉をはたき、ますます変わってゆく桃を鏡越しに見ながら、桃のためにこの国で…越後で生きて、死んでゆくのだと決めた三成にもう悔いは無い。


桃が笑顔で真向かいに座ると、顎を取って上向かせて親指で紅を掬い、桃の唇に塗った。


「そなたが違う時代からやって来たことを察されてはならぬ。間違っても妙なことは口走るな」


「わかってるってば。三成さんの心配性ー」


膝をつねられ、つねり返した。
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