優しい手①~戦国:石田三成~【完】
その日は結局謙信と会話を交わす機会にほとんど恵まれなかったので、勝手に台所へ乗り込んだ桃は動きやすい普通の着物に着替えるとたすき掛けをして夕餉の準備を始めた。


「大名さんたちも泊まってくのかなあ?だったら何人分作ればいいと思う?」


「お味方になるとは言えこの城へ逗留することは適いませぬ。逗留地は城下町になるでしょう」


「じゃあ少なくていいよね。幸村さんの分も作るね」


「!あ、ありがたき幸せ!」


現代とほとんど変わらないような材料が揃っているし、桃は現代で姉たちと交代で料理を担当していたし、大量の料理を作るのは好きな方だ。

現に料理をはじめてしまうと夢中になり、見張りをしている三成や幸村以外にも台所を覗きに来る者が続出したので2人は台所から追い払うのに躍起になっていた。


「あ、もうこんな時間!できたんだけど…謙信さんはまだ食べれないよね?先にみんなで食べちゃおっか」


「そうしよう。大して手伝えなかったな」


「ううん、三成さんが葱を切ると全部繋がっちゃうし、幸村さんの方が器用かもね」


「ふん」


ややいじけつつも配膳は女中らに任せて部屋に戻ってひと息ついた時、政宗や景勝、景虎たちが続々と引き上げてきた。


「あれ?もう終わったの?」


「“厠へ”と言ったきり謙信が戻って来なかった。あ奴め、とうとう集中力が切れて逃げ出しおった」


「あれれ、じゃあちょっと捜してくるね」


春日山城は広いが、謙信が行きそうなところは大体限られている。

月に何回かは変わる謙信だけの秘密の部屋か、天守閣だ。


三成と共にまず天守閣へ行き、姿が無いのを確認すると最近部屋を替えた秘密の部屋に無断で入り、寝転んでいる主を発見した。


「謙信さんったら」


「もう見世物になるのはやだ。今日はもう勘弁して」


――謙信に憧れる者は多く、また女性のように物腰柔らかで中性的な顔立ちをしているので、結果的にどこに居ても注目の的になるし、よからぬことを考えている輩もいる。


「私をやらしい目で見てる大名も居たし、私にはそんな趣味はないし。ああ、あと何日続くのかなあ…」


「貴公が男らしくしていれば何ら問題あるまい。男らしく威厳ある態度で臨め」


「これでも男らしくしてるんだってば」


眉を下げて肩を落とした謙信はふてくされて桃の手を握った。
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