優しい手①~戦国:石田三成~【完】
桃が湯殿へ行っている間に自室で秀吉に感謝の意を込めて文を書いていた三成の元をお園が訪れた。


「三成様…少々お時間よろしいでしょうか」


「…ああ、入れ」


戦に出てから今までほとんど顔を合わせていなかったお園は俯き加減で部屋の中へ入ると、顔を上げない三成をじっと見つめた。

…また見られていることを三成もわかっていながら、顔を上げない。

桃にはもう誤解されたくないし、何より桃は自分の妻にもなるのだから、万が一口を滑らせてお園に話してしまったら…まずいことになる。


「話があるんじゃないのか?」


「…三成様…桃姫様が謙信様の正室にお入りになるのですよ。あなたはそれで…」


「やはりそれか。これは俺が決めたことで、そなたが介入していい話じゃない。…桃とも確と話し合って決めたことだ」


「ですが桃姫様はまだ迷っておられるように見えます。あなたもまだ迷っておられるのでは…」


「くどい。俺とそなたの関係はもうとうの昔に終わったこと。俺と桃のことに干渉をするな。それか、俺と桃がぎくしゃくしているのを見たくなければ越後を出ろ。…俺はここに残る」


――鼻を啜った音がした。

だが顔を上げてしまえば、かつて愛した女に優しい言葉をかけてしまうかもしれない。

それは憐みからくるものだが、誤解されてはいけないのだ。

…絶対に。


「三成様…」


「誰が俺とそなたの関係を終わらせたと思っている?俺に罵倒されたいか?罵られたいか?もしそうであれば好きなだけ罵倒してやるぞ。俺を怒らせるな」


「…三成様…あなた様の幸せを…心よりお祈りしております…」


「いくら俺の傍に居たとしても、俺はもうそなたを選ぶことはない。わかったら行け」


筆を持つ手を止めずにいると、衣擦れの音がした。

お園が去ったのを確認して顔を上げた三成は肩で大きく息をついて硯に筆を置くと次いで部屋を出て天守閣へと向かった。


「あ、三成さん」


湯上りの桃は頬が上気していて、先程までの怒りがすう、と消えた感じがした。

桃の傍に居た幸村がそっと席を外して居なくなり、三成は桃の手を引いて無言で歩を進める。


「三成さん?どうしたの?」


「…なんでもない」


――その後、密かに幸村からお園が姿を消したことを聴いた。

< 658 / 671 >

この作品をシェア

pagetop