優しい手①~戦国:石田三成~【完】
着慣れていない袴を着せられて飾られた謙信はふてくされた表情で立っていたが、桃を見止めるとふわりと微笑み、恥ずかしくなった桃は俯きながら謙信の前に立った。


「謙信さん…私…どう?」


「うん、すごく綺麗だね。綺麗だから皆に見せてあげようか」


「え?」


ゆっくりと謙信に手を引かれて案内されたのは天守閣で、そこからは城外でひしめく城下町の人々の姿が見えた。

彼らは一様に謙信を心の底から慕い、天下人の元で暮らせることに喜びを噛み締めて、そして桃がここへやって来た時に見せた優しさを覚えていた。


“人目でもいい…いや、見えなくてもいいからその場に居たい”と望んで集まった人々は優に軽く5百人は超えているように見えた。

そして天守閣に姿を見せた桃にいち早く気付いた者が声を上げ、指を差し、いつしかそれは大きな歓声へと変わった。


「謙信さん…みんな…喜んでくれてる…」


「私はずっと独り身だったし、みんな心配してくれていたんだよ。“生涯不犯”…私の信念を覆したのは、君が最初で最後の女子だ」


謙信が皆に手を振ると歓声は大きくなり、つられて桃も手を振ると、怒号のように歓声は割れて、“桃姫様!”と叫ぶ声が耳に届いた。


「本当は数日間をかけて祝言は続くんだけど、そういうの煩わしいから今日だけにしよう。身内は今全員ここに居るし問題ないよね」


「うん。あの…謙信さん…」


「うん?」


突然桃はその場に正座をして、三つ指をつくと深々と頭を下げた。


「不束者ですが、これからどうぞよろしくお願いいたします」


「ふふ、畏まっちゃって可愛いなあ。私の方こそよろしく。離縁されないように精一杯夫として努めさせて頂きます」


「離縁なんかしないってば」


「わからないよ?私の立ち位置を脅かす者が常に目を光らせているからね。実は気が気がじゃないんだよ、これでも」


歓声は鳴り止まない。

桃は立ち上がると、また謙信に手を引かれて皆が待つ大広間へと向かう。


これからは、この春日山城が家となる。

なんとか言い訳をして執務から逃げ出そうとする謙信の尻を叩いてやる気を出させるのが妻としての仕事。


それはきっと、楽しい日々になるだろう。
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