優しい手①~戦国:石田三成~【完】
謙信の前には次々と祝辞を述べる各国大名が重臣が座り、その度に盃を交わす謙信を桃は横でじっと睨んでいた。


史実では間違いなく酒が祟っての病死。

普段は質素な食事を摂っている謙信だが、酒だけは高価なものを飲み、そして潰れたことがない。


「これで晴れて桃も天下人の正室か。やはり俺に目に狂いはなかったな。無理矢理にでも手に入れておけばよかった」


「こらこら、君が桃にちょっかいを出すのを何度見逃してあげたと思ってるんだい?何度も手にかける機会はあったんだからね」


「ほう?そういえば三成とも何度か刀を交えていたな。貴公は意外と短気と見える」


「桃が関わればね。……桃…睨まないでくれるかな。私は仕方なく飲んでるんだよ」


「だから嘘つかないで。謙信さん頬が緩んでる」


詰っていると、開け放たれた襖を横切る細い影を見た気がした。

一瞬にしてそれが誰だかわかった桃は、謙信の袖を引っ張ると脚を痺れさせながらも立ち上がり、傍に控えていた幸村に支えてもらった。


「脚が痺れちゃったし、ちょっとだけ居なくてもいい?」


「ん、行っておいで。幸村はここに。それとも私の盃は受けられないとでも?」


軽く睨まれた幸村は背筋を正して謙信の前に座り、深々と頭を下げた。


「あ、ありがたく頂戴致します」


その隙に桃は大広間を出て、足元が見えない白無垢に苦戦しながらもあの時見た人影がどこへ向かったのかも知っていたので、人目を憚りつつ、天守閣へと着いた。


「三成さん」


「…桃」


本当は今日はもう会えないはずだったが、どうしても三成に会いたくて追いかけた結果、三成は普段表情の動かない顔に小さな笑みを浮かべて桃の爪先から頭のてっぺんまで視線を上げ下げすると急に噴き出した。


「ちょ…、なんで笑うのっ?」


「馬子にも衣装」


「ひどい!謙信さんは誉めてくれたのに」


完全に対抗意識を拭い去ることのできない三成は桃の前に立ち、そっと腰を引き寄せて情熱のこもった瞳で桃を見下ろした。


「…抱きしめてもいいか」


「…うん。でも脱がしちゃ駄目だよ、着るのに苦労したんだから」


白無垢が皺にならないようにふんわりと抱きしめてくれた手は優しく、今日も明日も期待に胸を膨らませた桃は、化粧が崩れないように三成にぴったりと寄り添った。
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