優しい手①~戦国:石田三成~【完】
翌朝は、謙信と桃を起こしに来る者はなかった。


何故ならば、彼らの望みは世継ぎだからだ。

越後は金銀財宝が豊富に採れるし、山に囲まれているので敵もなかなか攻めては来れない。

そして謙信の冴えわたる戦の天賦の才。

三拍子以上のものが揃っているこの国を継ぐ謙信の後継ぎが必要だ。

だから、起こしに来ない。


「謙信さん、もう朝だよ。誰も起こしに来ないから寝過ごしちゃった…」


「ん…、ああ、私も久々に寝坊したかな…。夢の中にまで君が出て来たよ。…本当は今日も一緒に過ごせたらいいのに」


「…うん、でも三成さんが待ってるから。ね、謙信さん、クロちゃんに乗って散歩に行かない?最近ずっとお城の中に居たから外の空気が吸いたいな」


「そうだねえ、じゃあ朝餉を食べてから行こうか。もう越後は寒いから沢山着こんだ方がいいよ」


――頷いて立ち上がって見た床はなんだか艶めかしく、片膝を立ててのんびり欠伸をしている謙信もまたいつも以上に色っぽく見えた桃は慌てて視線を外すと隣の自室へ駆け込み、用意されていた桃色の浴衣ではなく動きやすいセーラー服に着替えると、正座をして心を落ち着かせた。


…今日は三成との初夜。

誰にも秘密だし、知られると…謙信を心酔している家臣たちからどんな目に遭うかわからない。

謙信を含め、皆が裏切りには敏感だ。

秘密を一生抱えなければならなくなったのも自分のせいなので、用意ができると部屋を出て毘沙門堂の前で立ち止まった。


この時代に意図的に導いた毘沙門天。

毘沙門天の巫女として仕え、毘沙門天の供物として捧げた短い生涯の果てに再び謙信と出会わせてくれた仏…


少し糸は絡まってしまったけれど、手を離せない2人の男に巡り合えたことには言葉にならないほど感謝している。


「ありがとう、毘沙門天さん…」


「何をしている」


突然背後から声がかかったのでぴょんと飛び跳ねた桃に失笑する気配。


そんな笑い方が誰だかを知っている桃は、頬を膨らませて振り返るなり抗議をした。



「ひどいよ三成さん!笑うなんて!」


「笑いたいから笑っただけだ。……今日は夜まで疲れるようなことはするな。最中に寝られると死にたくなるからな」


「!う、うん…わかった…」



互いに緊張でがちがちになってしまった。
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