優しい手①~戦国:石田三成~【完】
「三成…入りなさい」


桃が完全に寝入ったのを見計らった茶々が襖を開けて三成を中へ招き入れようとした。


「いえ、私はこちらで結構です」


「入りなさい」


…凄まれて、仕方なく限りなく襖に近い位置に座って距離を取った三成に茶々は笑いかけた。


「桃姫を本当に娶るのですか?姫は承諾を?」


何故か桃との関係を必死に聞き出そうとする茶々に視線すら合わせず三成は自身の膝をずっと見つめていた。


「…承諾はまだです。ですがいずれは」


確信と自信に満ちた三成の顔に小さな笑みが浮かんだのを見逃さなかった茶々は…

桃が眠っている続き部屋に視線を遣りながら呟いた。


「浅井家の女子は皆男に振り回されてばかり…。わたくしも好いた殿方と夫婦になりたかった…」


「…あなた様は秀吉様に愛されておいでです」


“好いた殿方と”。

その部分を強調したのに、肝心の三成はその言葉の意味を追求することもなく、桃が眠っている部屋を見ていた。


――茶々が座った三成に一歩近付く。


途端に怜悧な光が瞳に宿り、三成は立ち上がると茶々を素通りして桃の眠っている部屋の襖を少しだけ開けた。


「男所帯の我が屋敷では気付いてやれぬことも多々あります。桃はあなた様を懇意にしておられる。どうか便宜を図ってやって下さいませ」


「…ふふ、そなたは桃姫のことになるとほんによく話す。…わかっていますよ、わたくしに任せなさい」


――すやすやと幸せそうな顔で寝ている桃を見て安心した三成は、一度茶々に深々と一礼するとまた外に出て入口に陣取った。


「三成…」


――かなり歳の離れた秀吉に嫁がされ、不安な思いで輿入れした時から親身になってくれた三成に恋心を抱くのに時間はかからなかった。


…それが全て“秀吉の側室のため”であっても、ただそれだけが心の拠り所だったのだ。


「桃姫…わたくしは本当にそなたが羨ましい」


――桃の隣に敷かれた布団に入り、ため息をついた。


運命からは逃れられない。


浅井家の女子として生まれた時から――
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