優しい手①~戦国:石田三成~【完】
翌朝、三成が桃を連れて城に泊まっていると知った秀吉が茶々の部屋に押しかけた。


「我が側室の部屋の前で何をしておる?」


襖の前で微動だにせずに座っていた三成が顔を上げた。


「…は?秀吉様…まさか私を疑っておいでか?」


「い、いやあ…おぬしに至ってそれはまあ…ないだろうがのう…」


この堅物が間違いなど起こすはずがないだろうことは秀吉が一番よく知っている。


だから笑顔になると襖を指差した。


「桃姫を連れて来ておるとか?」


「秀吉様…女子は身支度に時間がかかるものです。しばしお待ちを」


「女子のことでよもやおぬしに説教されるとは思わなんだぞ。昨晩のことにしろ…一体どうしたのじゃ?」


――三成が幼い頃から目をかけていた秀吉が三成の前に座り込む。


扱いづらい男だが、戦の戦術においては恐るべき計略を発揮する武将。


その三成が言い出したこと…


「桃…姫については昨晩お話した通りです」


小さく頭を下げた三成の肩を叩く。


「まあ良い良い。今まで一日たりとも怠らずようやってくれた。じゃが必ず戻って来いよ」


「はっ」


歯切れよく返事をした時…茶々が中から襖を開けて二人を招き入れた。


「秀吉様…こんな朝早くから何事でございますか?」


「おおっ愛しい茶々と三成の寵姫に会いにのう」


ちょこんと座っていた桃が“寵姫”という聞き慣れない言葉に首を傾げた。


「ちょうき?」


「ごほん…っ、も、桃、秀吉様にご挨拶を」


三成に促され、桃は丁寧に頭を下げた。


「昨日はいきなり泊まりに来たりしてごめんなさい、おかげさまでとっても助かりました!」


――鼻の下を伸ばした秀吉が桃に一歩近寄る。


「良い良い。どうじゃ、三成は良くしているか?」


「え?はい、とっても優しいです」


…誰の口からも三成の人となりに対して“優しい”だの言ったことを聞いたことがない。


だが桃は当たり前のようにそう言って、居心地が悪そうに身じろぎをする三成を信頼を持って見つめていた。


「で…“ちょうき”ってなに?」


…忘れていなかった。
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