優しい手①~戦国:石田三成~【完】
秀吉と利休という、戦国時代を語るには不可欠の両者に挟まれながらも、


桃の興味はもっぱら餡がぎっしり入った饅頭に向かっていて、二人は饅頭を頬張る桃を眼福ものの目で眺めていた。


「そなたはほんに美味そうに食べるのう」


「はいっ、よく言われます!」


色気よりも食い気な感のある桃はそこではたと思い出す。


「あっ、そういえば私に何か用ですか?早く三成さんのとこに戻らなきゃ」


――三成に全幅の信頼を置いている桃が呼び出された意味を聞くと、秀吉は桃の隣に移動してひょうきんな表情を引っ込めた。


「姫は三成の生い立ちを知っておるか?」


――そう言われると、石田三成という人物は有名であっても出生までは知らないので、素直に首を振る。


続きを待つように熱心に耳を傾ける桃をますます気に入った秀吉は利休の煎れた茶を手渡すと真面目に語った。


「三成は儂と同じ百姓の出でな…じゃがあ奴は幼い頃既に寺に預けられておって茶坊主をしとったんじゃ」


「へえ…三成さん…お母さんたちとはずっと会ってないんですか?」


「ああ、儂も未だに三成の親御は知らん。今でもあ奴が立ち寄った寺ではじめて会うた時に立てた三杯の茶を儂は忘れることができんのじゃ」


――今思えばそれはかなり有名な話だったのだが、それよりも両親と離れて暮らさなければならなかった三成と自分を重ね合わせていた。


「三成は儂のこと以外信用せぬが、民のことは誰よりも深く思うておる。儂も、実は信頼できる奴は三成だけなんじゃよ」


裏切り、裏切られて当たり前の時代に、秀吉が唯一信じた男。

それが誇らしく、顔を綻ばせると秀吉と利休も優しく笑った。


「三成は肩肘張って生きてきた。これからはそなたがあ奴の荷を半分背負ってやってくれぬか」


三成をここまで心配してくれる秀吉に涙が零れそうになった。


だが桃は返事ができない。


それを秀吉は追求しようとしたが、利休がやんわりと押し止めた。


「おお姫、石田殿が。愛されておいでですなあ」


目を遣ると、茶室の外に三成が座っているのが見えた。


愛しさが増してゆく。


好きになってはいけない人なのに――
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