課題小説
2/22課題作品 『幻影』
 思い出したくないのに。
 彼女はいつも僕の前、ふいと現れて、こう告げる。
 妖艶とも言える笑みを、その表情に従えて……。


「ねぇ、貴方なら、私を殺してくれる……?」




「始め!」

 ゆらりと揺らいでいた目の前の彼女を、幻として消し去ったのは、合間に立つ審判の声だった。
 途端、身に付けた重い防具の存在を、身体が思い出す。

(……そうだ、今は練習中だったんだ)

 僕は思い出したように、持っていた竹刀を構えなおした。
 練習中といえど、きちんとした試合方式である以上、手は抜けない。

(どうする?…小手で小刻みに攻めるか、それとも一気に面を取りにいくか……)

 思考を張り巡らせながら、僕は相手と向かい合う。
 相手もまた、僕の出方を見ているのか、竹刀を構えたまま動かない。
 一見、隙だらけと思えるが、剣道というものは見えない精神的なものが、大きく影響してくるのだ。
 例えば集中力、そして気合い。それらは「ここぞ」と言う時に、その力を遺憾なく発揮する。
 僕が見る限りでは、相手はそれらを兼ね揃えているように思えた。
 基本の構えながら、まるで隙がない。
 その毅然とした構えから、僕はまた、あの錯覚を起こしそうになる自分に怯えていた。

(……似ている?)

 構えた竹刀の先が、無意識の内に震え出す。
 それを嘲笑うかのように、またその面影が僕を惑わせた。

「ねぇ……」

 相手の姿に重なるようにして、彼女は僕の前、佇んでいる。
 夢の中でしか存在しない事になっている彼女。
 でも、何処かで会った事があるような感覚が、今も僕を苛ませる。
 彼女が笑う。
 あの妖艶な表情で。
 そして、言うのだ。

「ねぇ、貴方なら、私を殺してくれる……?」


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