*short.short*


*Love at first sight is believed?*


早く、早く……。
一秒でも早くあそこに行かなくちゃ。


地下鉄の階段を駆け上がり、行き交う人波をかき分けて、足早にいつもの場所へと向かう。


ハアハアと白い息を弾ませながら、あたしはいつもの場所へとやって来た。


歩道橋の下、既に人だかりが出来ていて、アコギの音色と、ハスキーなんだけど、高くてよく通る歌声。


会社の帰り道、いつもここで一人で歌ってる、ストリートミュージシャン。


数ヵ月前、会社で失敗をしてしまって、落ち込んで帰宅している途中。


彼が奏でる音のシャワーに心が洗われていくようで。


それから彼の歌を会社の帰りに聞くためにあたしは、仕事が終わると一目散にこの場所までやって来る。


いつものように人だかりがのいちばん後ろに立ち、彼の歌を聞くのが毎日のあたしの日課。


曲が終り、パチパチと回りの人達と一緒に拍手を贈ると、彼はお辞儀をして徐に口を開いた。


「いつもありがとう。でも、ここで歌うのも、今日で最後です」


………え?
最後って?


「実は、メジャーデビューが決まったんです」


おめでとー。と、声が上がるなか、あたしの頭の中は真っ白に。


もうここで彼の歌が聞けなくなるの?


「いつも…、一人の女の子のために、ここで歌ってました…」


いいなぁ…、その子は……。
彼の歌を独り占め出来て…。
明日からは彼の歌をここで聞けなくなるのか……。


………帰ろう。
これ以上ここに居たら、なんだか涙が出てきそう。


くるりと踵を返して、歩き出そうとしたら。


「あっ!待って!帰らないで!」


振り向くと、ギターを抱えたままの彼が、人をかき分けあたしの前までやって来て。


「一目惚れって、信じる?」

「え?」

「俺、君のために歌ってたんだ……」


彼は肩から担いでいたギターをくるりと後ろに回すと、あたしに右手を差し出した。


「もし…、よければ、これからも、君のために歌いたいんだけど」


そんなの……。
……いいに決まってる。


あたしは差し出された手にそっと自分の手を重ねた。




*end*
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