Alien執筆言い訳日記(ブログ的な何か)
5月30日 現代詩手帳かユリイカか
僕の夢は、大きくなったら青土社か思潮社から詩集を出すことです。それにはそれぞれの詩の雑誌に投稿して、そこで新進気鋭の詩人として顔を売り、選者や編集者やプロ詩人に認めてもらわなければなりません。
青土社の雑誌『ユリイカ』は新鋭詩人の発掘に力を入れているらしく、投稿した自称詩人さんたちの中から、年間を通じて優秀な人を顕彰するらしいので、とりあえず投稿しなくちゃいけないようです。
思潮社の現代詩手帳も、新人の投稿でその年の一番優秀な人に、「現代詩手帳賞」が送られるんだそうです。そのためには投稿しなければなりません。
それではどれを投稿したらいいかと、昨日は自分の詩集をかき集めて、どれが投稿に持ちこたえられるかを検討しました。その結果は2、3篇でした。この数も、自分の評価が甘いのか辛いのかすら不明です。大人の世界に媚び売ってハイセンスな意味崩壊した実験詩を書くほどの気力はあまりありません。とはいえ、中二病と選者に呆れられながら、自分のスタイルを通して落選し続けるのも、目標のある物書きの戦略とは思えないです。その結果の2、3篇というあざとさが、アライ・エンという自称詩人の限界と可能性を示しているのでしょう。特にそれには異論はないのです。
そうなると、なぜ詩集を出したいのか、という動機の根源に行き着くんですが、結局僕は社会的に“詩人”と呼ばれて有名になりたいだけなのかも知れません。有名になるのはなぜかというと、自己顕示欲が満たされるからに過ぎないでしょう。中身のことは二の次というわけでもなく、この中二病的なものがどれだけ世間で需要があるかというのも知りたいので、入り口は現代詩、入ってみたら厨二詩という、いわゆる「羊頭を掲げて狗肉を売る」ようなマネができたらなぁ、と思っています。大人の階段上るのはシンデレラだけではないのです。ああ、自分の本の平積みを本屋で見たいです。マジです。
僕止めも本日絶賛更新してます。小説家にはなれませんが…