雨と傘と
制服に着替えて部室を出ると、ちょうど春にいも野球部の部室から出てきた。春にいが優しく笑いかけるから、少し顔がほてる。

「あれ?朔ちゃんは?」

今日は三人で帰るんだと思っていたのだけど…?

「一年は監督から話があるから少し遅くなる。先に帰ろう。」

「でも…朔ちゃん一人ぼっちはきっと淋しいよ。」

「朔人、他の一年と一緒に帰ると思うよ?同じ部員同士、話すこともあるんじゃないか?」

そういえば、いつも朔ちゃんは私の隣にいてくれるから甘えちゃう。けど、朔ちゃんには朔ちゃんの世界があるもんね。男の子同士の友達も大切にしてほしい。

「それもそうだね。」

そう納得して、春にいと並んで歩き出した。


校門を出るとそっと繋がれた右手。
手を繋ぐなんて、昔から当たり前だったのに、今日はとっても緊張してしまう。それは自分の気持ちのせい。こんなにも変わってしまった自分に驚いた。

「ちょっと寄り道していこうか。」

そう言って私の手を引く春にい。
三人でキャッチボールをした河原。土手沿いに続く遊歩道。毎日見る景色。今日はそれが少し違って見えるのは…朔ちゃんがいないせいかもしれない。

川は雪解けで水量が増し、流れが速い。夕日が沈みかけて、辺りは少し暗くなってきた。土手沿いの階段に並んで座る。


「なあ…幸葉。俺、さ、今日お前を見て驚いたんだ。」

繋いだ手に少し力を込めて、春にいは話し始めた。

「どうして?」

そう問えば、彼はキラキラした表情をして私を見た。その瞳から目が離せなくて、鼓動がやけにうるさくなってくる。

「あんまりにも、かわいくて。」

いたずらっぽい笑顔でそんなことを言う。

「もー!からかってるんでしょ。」

途端に緊張は消えて、いつもの私。ドキドキして損した。春にいはいつだって私をからかって面白がるんだから。

ほほをぷぅっと膨らませて拗ねた。いじけた。これもいつものこと。
そうして顔を逸らせば、くくくっと彼の喉から笑い声。

「ごめん、ごめん。でも本当にかわいくて、ビックリしたんだ。」

一瞬で空気を変える低くて甘い真剣な声。それに驚いて、視線を向ければ真摯な茶色い目とぶつかる。


廊下で会った時と同じように、春にいの瞳が揺れた。


身動き一つできないほど、吸い込まれる。繋いだ手をそっと持ち上げられた。彼は妖艶にその冷たい手の甲に、キスを落とした。温かで柔らかな感触。酔って蕩けてしまいそう。その生々しい行為に身体の芯が痺れて、熱を持ち始める。

何度も何度も、私の手に落ちる唇が、密やかな音を立てる。



気が狂うかと、思った。

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