雨と傘と
家に着くと、もう兄貴は帰っていた。
幸葉と一緒だったろうから、早く帰っていたことに安心した。そうだよな、雪国の春はまだこんなに寒いから、兄貴が幸葉を長い間連れまわすとは思えない。どんな時でも俺たち兄弟は、幸葉を中心にモノを考えるみたいだ。

兄弟だから。血がつながっているから。生まれてからずっと一緒にいるから。

兄貴の考えが手に取るように、分かる。そんなの分かりたくもないのに。
幸葉が攫われるなら、全然知らないヤツがよかった。兄貴のいいところなんていくらでも知ってる。幸葉を泣かすようなことをするわけがないって分かってる。そして、俺の幸葉への気持ちを知ってて、それで迷って苦しんでることも手に取るように伝わってきた。兄貴は…俺のことを大切にしてくれてるから。

自分を押し殺しても、俺と幸葉を優先するような人だ。


だから、俺は…



寝る前に、兄貴の部屋をノックした。

「兄貴…明日から、幸葉と学校行けよ。」

「…そのつもりだよ。」

そう言って困ったように笑った。

「お前に、譲れないみたいだ。どうしようもない。幸葉が好きなんだ。」

兄貴の柔らかい表情は、心底俺のことを大切にしてくれてるって分かるから。身を引くよ…兄貴のために。そして、何より幸葉は兄貴のことが好きなんだから。俺が間に入ることで、二人を苦しめたくないんだ。

「知ってる。」

知ってる。兄貴の気持ちは。そう伝えたかった。そして、笑い掛けた。
いつものように穏やかに笑うことができただろうか。「朔ちゃんの笑顔を見てると安心する」と、いつも幸葉が言ってくれるように笑えただろうか。

俺は、何も言わない兄貴を残して、部屋を出た。

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