雨と傘と
教室の入り口の戸は開いていたので、中に人の気配がするのが分かった。


…一人になりてぇのに…


誰だ?そっと覗くと、人影が俺の机の近くにある。



……幸葉……



幼いころからずっと見てきた姿を間違えるはずがなかった。

そっと気付かれないように少し近づく。その横顔がはっきりと見えた。



とても優しく、そしてとても淋しそうな表情。
彼女の視線の先にあるのは…

俺の机。

彼女はためらいがちに手を伸ばすと、その上に置かれた帽子を大切そうに持ち上げた。じっとそれを見つめるその姿は、凛として美しかった。

すると、柔らかな手つきで、細い指で、ゆっくりゆっくり帽子の輪郭をなぞり始めた。何度も何度も、小さな手が俺の帽子を滑っていく…


彼女の瞳には、苦しみと

そしてはっきりとした情熱が宿っていた。

慈しむように、愛おしそうに、指が動く。



それで、十分だった。
彼女のしぐさと表情は、どんなに言葉を尽くした愛の告白よりも…


生々しく、響いた。


痛々しいその姿は、俺の心を理性を完全に壊したんだ。

< 27 / 53 >

この作品をシェア

pagetop