雨と傘と
「幸葉。」


静かな教室に、俺の声が響いた。



彼女は驚いて顔を上げた。表情は凍りつく。でも、瞳の奥の熱さはとっさには隠しきれない。その目は俺を求めているように光る。


「朔ちゃん、どうして…」

少しかすれた、声。


「それ。取りに来たんだ。」

恐ろしく冷静な声が出た。頭の中は、クリアに澄んでいてこの場を確実に記憶していく。

「あっ、うん。そっか、そうだね。」

しどろもどろに言いながら、差し出された帽子。
視線を落として、帽子じゃなくて、彼女の小さな手を握った。びくっとして、ほほを染める彼女。


なんだ、簡単なことじゃないか。

初めからこうして向かい合えば、彼女の気持ちが手に取るように分かったのに。握る手に力を入れて引き寄せ、彼女を抱きしめた。



コトっと静かな音を立てて、帽子が足元に落ちた。
< 28 / 53 >

この作品をシェア

pagetop