契約恋愛~思い出に溺れて~
分岐点
その夜、紗優を寝かしつけた後、私は仏壇の前に座った。
お線香を一本手向けて、手を合わせて目をつぶる。
ユウの笑顔が、おぼろげながら脳裏にうつった。
「ユウ」
小さな声が、暗く静かな部屋に響く。
「ごめんね」
この言葉を告げるのは、なんだかとても辛い。
ユウが生きていたとしたら、私はどうしていたんだろう。
多分、次の恋なんかしなかった。そう思う。
だけど……。
「好きな人が出来たの」
言葉に出したところで、何が変わる訳でもない。
遺影のユウは責める事はない。
それが悲しくて、涙がこみ上げてくる。
「ユウのことも、好きなんだけど……ね」
あなたを忘れる事は、酷く難しい。
思い出は鮮やか過ぎて消える事は無くて。
過去の想いも遠い記憶も
とても大切に私の中で息づいている。
それでも、紗優の為にも、自分の為にも、決別する必要があるのだろう。
「でも、……ごめんなさい」
そう言って、私はユウの仏壇の蓋を閉めた。
彼の眼差しが無いこの部屋は、少し違う部屋のように感じた。