契約恋愛~思い出に溺れて~
時間は、気持ちとは関係なしに動いて行く。
この店だって、麻子さんという立派なオーナーでありピアニストでもあった人を失っても、こうして立派に続いている。
私も頑張らなきゃいけない。
ユウを失っても、紗優は私の傍に居てくれるんだから。
すぐに注文したカクテルがきて、私は壁にもたれるようにして店内を見渡した。
そしてふと、黒塗りのピアノが目に付いた。
麻子さんが亡くなってから無用の長物のなったそれは、
その後は、店の奥の方で重厚な存在感だけを放っていた。
ところが、今日は珍しく前の方に出されている。
まあ、ここしばらく来てなかったんだから、大分前からなのかも知れないけど。
ピアニストを雇ったんだろうか。
思わず気になって聞いてみる。
「オーナー、演奏は?」
「今日は特別ゲストを呼んであるんです。ピアノ演奏ですよ」
「……え?」
どうしよう。
麻子さんのピアノの音は、私にとってはそのままユウとの思い出だ。
それが新しい音にとって代わるのは簡単には受け入れられない。
塗り替えられたくない。