契約恋愛~思い出に溺れて~

カウンターに顔をつけたまま、私は泣きだしたいのを堪えて演奏に聞き入っていた。


ふと、二つ離れた席にいる、二人組の男性客の話が耳に入ってくる。

一人はダークブラウンの髪の快活そうな男の人、
もう一人は反対側を向いていて顔が見えないけど、黒髪の肩幅のある男の人だ。


「……お前もバカだよな。取り返しがつかなくなってようやく認めた訳だ」

「うるせぇ」

「いつまでも兄貴面して満足してっからだよ」

「だって、仕方ないだろう。実際そうなんだから」

「だからってさ、自分から男を勧めることないだろ?」

「アヤには、こういう男。
そう頭の中で思ってたそのものの男が現れて、あの男は駄目だなんて、言えないだろう?」


『アヤ』だって。
私の名前みたい。

『サヤ』って呼んで欲しい。
ユウの声で、ユウの口から。

だけど、ユウの声って、どんな音色だったかしら。


< 33 / 544 >

この作品をシェア

pagetop