契約恋愛~思い出に溺れて~

紗優は眠そうに欠伸をし始めていて、
私は虫歯が心配になり、うがいだけでもさせる事にした。

洗面台の脇に、よくビジネスホテルにあるようなアメニティグッズの歯ブラシセットが何個か置いてあったので、その一つを借りて歯磨きをさせる。

そして、洗面所から出ると彼の困ったような顔と出くわした。


「ごめん。ちょっとでなきゃいけなくなった。今送って行くから」

「えー!!」


すぐに反論したのは紗優だ。

英治くんは宥めるように紗優を抱き上げると

「ごめんね。また今度」

と額をこつんと合わせる。


「何かあったの?」


私の問いに、彼は車のキーを探しながら答えた。


「達雄の妹、家を出たらしい。
探したけど見つからなくて、婚約者と話して、……アイツ今ちょっと軽いパニックになってる。行ってやんないと」

「家出?」

「まあ、きっと達雄の自業自得だろうけどな」


苦笑して上着を着込む。
私も慌ただしく紗優に上着を着せ、自分も着込む。

さっきまでの落ち着いた空気が、嘘のように騒然とした。
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