契約恋愛~思い出に溺れて~

英治くんの目が細められて、焦点がどこか遠くに合う。

こんなに近くにいるのに、遠くに行ってしまうようで、慌てて彼の腕にしがみついた。


「どうしたの?」

「あ、あの。や。……何でもないんだけど」


彼はにこりと笑うと、腕を私の背中にまわして引き寄せる。

私の頭が彼の肩に乗っかる形になり、体温が直に伝わってくる。


「俺も変わんなきゃなぁって、ちょっと思ってて」

「え?」

「前、話した事覚えてる?」

「いつの話?」

「俺の母親の話」


私はゆっくり頷いた。

育児ノイローゼで、他の男の人と出て行ってしまった彼の母親。
捨てられたという意識が消えなくて、自分は欠陥品だと言った彼。


< 383 / 544 >

この作品をシェア

pagetop