契約恋愛~思い出に溺れて~
「横山さん、だっけ?」
達雄さんはぼそりとそう言うと、私の手を取り、薬指の指輪の傍に口付けた。
「……」
私は驚いて、ただその姿をまじまじと見る。
ぼんやりと思ったのは、ああこれが唇の感触だったということだけ。
彼は私の視線を受け、自嘲するように笑うと目の前のビールをグイッと飲んだ。
ドンとテーブルにグラスを置く仕草はどこか投げやりで。
むしろ酔ってしまいたいのだと主張しているよう。
つられるように、私も2杯目のグラスを空けた。
理性とかそういうものを吹き飛ばしてしまいたくなって。
競争するように飲んでいた私たちを、静かに眺めていたのは英治さん。
タイミング良く、次のお酒を注文してくれるのは、今日は酔ってしまえということなのだろうか。