キスはおとなの現実の【完】
営業職はフットワークが命である。
とくに、うちのようなちいさな会社ならばなおさらだ。

新規開拓のための飛びこみや、電話でむりやりこぎつけたアポイントメントのあいまにも、ルート営業をこなさなければならない。

取引先のいくつかがおなじ路線の圏内なら、おりる駅は違っても「近くにきた」といってあいさつをしにいくのが通常のならわしだ。

十二時ちょうどに昼休みにはいるというわけにはいかない生活。
そんなことは日常茶飯事。

わたしは電車をおりると大上先輩のあとに続いた。

よほど遠くへいかないかぎり、したっぱのわたしや入社七年目の大上先輩が社用車をつかわせてもらえることはない。

会社の方針でそういうことになっている。

都心部での移動は電車と歩きが時間的に一番確実。

夏の暑さもようやくすこしやわらいだ、二十歳の十月。
わたしは階段をつま先だけで、三段飛ばしで駆けあがっていた。

その足がどこへむかっているのかも、まるでわからずに。
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