キスはおとなの現実の【完】
「それにしても、袴田は……」

大上先輩は口いっぱいに米と肉を頬ばっていう。

ボリューミーな昼食を、もうたいらげたらしい。

ペットボトルのミネラルウォーターで、カルビ焼肉弁当をのどの奥に流しこんで言葉を続ける。

「根性あるよ、じっさい。まだ若いのにさ。仕事を覚えようって、がむしゃらについてきている。この七年間で、おれが見てきた新人のなかでは、袴田が一番だよ。だからおれも仕事の教えがいがある。二川さんと三和コーポさんに人をつれていったのは、おまえがはじめてだ」

すずめの涙ほどの基本給プラス高額の歩合給でその月の給料が決まるわたしたちにとって、自分の開拓した取引先をほかの誰かに教えるということは、よほどのことなのだ。

たとえていうなら自分ののどに突きつけたナイフの柄(え)を相手ににぎらせるといった感じだろうか。

ふつうは絶対教えない。

ずぶりと刺され、自分のくいぶちを奪われる危険性をはらんでいる。
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