キスはおとなの現実の【完】
「はいっ。ありがとうございますっ」

大上先輩は銀ぶちめがねの奥の目をほそめて笑った。
三十間近の彼の目じりに、透明なカラスがちょこんと足あとを残す。

「よし。じゃあ、今日はそういう感じでいこう」

午前中の取引先まわりを二件ばかり終えたあとの電車のなか。

こぎれいにととのえられた大上先輩の短髪が、計算されたななめのラインを、ひたいにふた束走らせていた。

わたしは誰にもばれないように、奥歯をぐっとかみしめた。
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