白日夢
田口探偵事務所は、三代続く古い探偵事務所である。最盛期には社員を二十人弱も抱えていたほどだった。ところが、この不況である。仕事の数は年を重ねるほど増加していったが、不思議とそれに反比例する様に経営は悪化していった。人件費が高すぎた事もあったが、やはり最大の原因は二代目田口雄一郎の使い込みだった。雄一郎は株と言う名の賭博にのめりこみ生前分与された遺産を使い果たした。その上大量の借金を重ね、しまいには事務所の金に手を出す、というドラ息子を絵に書いたような人物だった。そんな愚かな息子を嘆いた初代である田口丈太郎は早々に雄一郎を実質上の解雇処分にし、知り合いの住職のもとに預けて山にこもらせた。その後雄一郎は改心し、出家して 今では某寺院で僧侶として日々を過ごしている。
では探偵事務所の方はどうなったかと言うと、既に隠居していた丈太郎は仕方なしに一次復帰し大量に人員を削減して所長の職を、当時警官をしていた雄一郎の妹、つまり己の娘である冴子に譲ろうと思いその旨を伝えた。ところが、度重なる朋朧の説得にも冴子は全く応じず、しまいには地方の署で署長の職を得て、今なおそれを勤め上げているといった有様だ。
というわけで丈太郎は事務所をたたもうと決心したが、残った唯一の社員樋口友蔵がそれを思い止まらせた。自分が代理所長を務めます———樋口は丈太郎の下を毎日のように訪れては熱っぽくそういう意志を語った。元々樋口に好感をもっていた丈太郎は、樋口のそういった誠実さも考慮して、彼を冴子がその気になるまでの代理の所長として雇いなおす事を決定したのだった。

三代目代理樋口友蔵誕生の瞬間である。
< 10 / 28 >

この作品をシェア

pagetop