白日夢
陣が居候をしている田口探偵事務所の建物は、意外にもモダンなつくりである。建ったのは30年も前だが、立方体のその建物はコンクリート製の壁で囲まれ、シンプルな黒のドアが取り付けられていて内装もまた剥き出しのコンクリートの打ちっぱなしである。主に床は白のリノリウムで生活感の無さを醸し出していて、物も最低限必要である物しかないためか何処かしら無機質な雰囲気を感じる。
しかしながらそんな田口探偵事務所の二階にある客間だけは例外だった。乱雑した書籍、くちゃくちゃに丸められた原稿用紙、乱れた布団それにカップラーメンの山。そんな生活感溢れる部屋で暮らしているのが、何を隠そう三文脚本家村下陣その人である。
 陣がここに住み始めたのはおよそ三ヶ月ほど前のことだ。脚本家へ転身した陣は思ったより収入がない——否、殆ど無いといっても過言では無い。だいたい最後の仕事が半年前なのだから、脚本家としては全く無い訳だし、かといって精力的にアルバイトをしようという様な心意気も無いのだ。だから収入といったら、偶に樋口の探偵家業を手助けする時にもらう雀の涙程の物しかない。仕方が無いので陣は事務所に転がり込んだ。ここで一日中電話番をするから——と樋口と状太郎を拝み倒し、なんとか居座る事が出来た訳だ。
勿論の事、二階には客間の他に樋口の部屋もある。もともとは雄一郎が住んでいた部屋だったが本人が出払った後、遊ばしておくのは勿体無いと思った丈太郎が格安で樋口に間貸ししている物だ。もっともその部屋には本棚とベッドそれから小さな机が一つぽつねんと置いてあるだけの何とも無機質な部屋である。それは樋口友蔵という人格を密かに暗示している。
陣が事務所に戻ってくると、応接間で樋口がコーヒーを飲んでいた。
「お帰り。」樋口は顔をあげて言った。「で、どうだった?例の物は。」
「あったよ。でもこんなものどうするんだ。」
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