白日夢
「さてさて、ヌーベルバーグのヴィンセント・ヴァン=ゴッホは何しに日本に来るんだろうかね。」
樋口は虚空を見上げてそう言うと、大きく煙草の煙を吐き出した。やがて煙は円形を形成し、ふわふわと空中をさ迷った。
「ところで、今日は何を観たの?」
樋口は、陣に尋ねた。
「ああ、『白日夢』を観たよ。」
陣がそう言うと、樋口は少し間を置いてから、思い出したように言った。
「そうか、『ドゴールが選ぶ、邦画名作五作品』を観にいったのか。」
樋口が口にした『ドゴールが選ぶ、邦画名作五作品』とは、街の片隅にある小さな名画座—つまり名作映画と呼ばれている映画のリバイバル上映を主とする映画館——の企画で、ドゴールの来日にあわせて五週間各週一作品ずつ上映されていくといったものだ。
この企画のミソはドゴール自身の映画ではなく彼が選んだ日本映画であると言うところだ。レンタルビデオ全盛のご時世に名画座など全く流行らない、それではどうしようかと考えた末の策だった。何しろドゴールの好きな日本映画はマニアックすぎてその辺のレンタルビデオショップには設置されていないのが常だ。そして、それが館長の狙い目でもあった。
「そのとおり。俺はこれから毎週観にいくぜ。」
陣がどうでもいい事を宣言した。
「ふむ。それでドゴールはいつ選んだ、その5本」
「10年ぐらい前に雑誌のインタビューかなんかの企画じゃないか?」
「ふうん、それでドゴールが選ぶ、ってわけか。」樋口は納得したようだった。「で、映画の感想は?」
「正直言って、意味不明。」
陣は肩をすくめてそう言った。
「ああ、そうだった。溝島明の映画だよな、『白日夢』。」
樋口が確認するように言ったので、陣は頷いた。
「今日、溝島明の奥さんが依頼に来たよ。」
二人の間に沈黙が流れた。
「おい、その人の名前は。」
沈黙を破ったのは陣だった。
ええっと、と呟きながら樋口は契約書の束を探り始めた。
「おっ、あった———北条雅美、さんだって。」
えっ、と陣は大声をあげた。そしてひったくるように樋口から契約書を奪うとそれを穴が開くほど真剣な眼差しで覗き込んだ。
樋口は虚空を見上げてそう言うと、大きく煙草の煙を吐き出した。やがて煙は円形を形成し、ふわふわと空中をさ迷った。
「ところで、今日は何を観たの?」
樋口は、陣に尋ねた。
「ああ、『白日夢』を観たよ。」
陣がそう言うと、樋口は少し間を置いてから、思い出したように言った。
「そうか、『ドゴールが選ぶ、邦画名作五作品』を観にいったのか。」
樋口が口にした『ドゴールが選ぶ、邦画名作五作品』とは、街の片隅にある小さな名画座—つまり名作映画と呼ばれている映画のリバイバル上映を主とする映画館——の企画で、ドゴールの来日にあわせて五週間各週一作品ずつ上映されていくといったものだ。
この企画のミソはドゴール自身の映画ではなく彼が選んだ日本映画であると言うところだ。レンタルビデオ全盛のご時世に名画座など全く流行らない、それではどうしようかと考えた末の策だった。何しろドゴールの好きな日本映画はマニアックすぎてその辺のレンタルビデオショップには設置されていないのが常だ。そして、それが館長の狙い目でもあった。
「そのとおり。俺はこれから毎週観にいくぜ。」
陣がどうでもいい事を宣言した。
「ふむ。それでドゴールはいつ選んだ、その5本」
「10年ぐらい前に雑誌のインタビューかなんかの企画じゃないか?」
「ふうん、それでドゴールが選ぶ、ってわけか。」樋口は納得したようだった。「で、映画の感想は?」
「正直言って、意味不明。」
陣は肩をすくめてそう言った。
「ああ、そうだった。溝島明の映画だよな、『白日夢』。」
樋口が確認するように言ったので、陣は頷いた。
「今日、溝島明の奥さんが依頼に来たよ。」
二人の間に沈黙が流れた。
「おい、その人の名前は。」
沈黙を破ったのは陣だった。
ええっと、と呟きながら樋口は契約書の束を探り始めた。
「おっ、あった———北条雅美、さんだって。」
えっ、と陣は大声をあげた。そしてひったくるように樋口から契約書を奪うとそれを穴が開くほど真剣な眼差しで覗き込んだ。