白日夢
 「おいおい、待てよ。溝島明はもう六十六だぜ。雅美さんはどう見ても三十前だよ。」
「その言い回しは差別的だな。老人と若い女性が結婚してはならないという法律は無いよ。確かに二人は親子ほどの年齢差があるが、それは一つの恋愛の形だろ。」
「けれどもさ、まるで遺産を狙って結婚したみたいじゃないか。」
 陣は言いたくはなかったが、樋口相手に自分を誤魔化す気は更々無かったので、思った事を口にした。
「まるでそれが悪いようにきこえる、偏見だな。世の中はそんなに単純では無いよ。
一切の身内が自分の世話を放棄し、ただ遺産だけを狙って自分の死を待ち望んでいるだけ。そんな折に、残りの余生を世話してくれると言う美しい女性に会う。彼女が当然遺産目当てなのは男もよく分かっているが、同じ金銭目当てなら自分に尽くしてくれる方が言いと思い結婚する。勿論、身内はいい顔をしない。それどころか頻繁にやってきては愚痴をこぼして帰る。終いには離婚するよう直談判し始めて二人の生活を脅かす。勿論、離婚後男の面倒を見る気は微塵も無い。そんな場合、どちらが悪かな。」
「それは———。」
 分からぬと言う言葉を陣は飲み込んだ。確かにその場合面倒を見てくれる若い女性の方が善い気がする。しかし、それでは家政婦と同じではないか。金を払って面倒を見てもらう、そんなのが自分の最期を看取ってくれる。それが幸せなのだろうか、本当に幸せならそれは善に違いないが仮の幸せならどうだろう、陣は悩んだ。もし自分がその立場なら、一体どちらに悪を感じるのか。悪意の善と、善意の無い悪。善意を装う事に非常な悪を感じるなら、それは単なる悪より業が深い、つまり若い女の方が悪だ。一方、善意のかけらもない、素朴な悪がやはり最悪だと感じるならやはり、身内の方が悪だろう。
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