白日夢
 陣は一瞬混乱した。
「おい、その話本当か。」
 そして、机越しに乗り出すようにして、言った。
「駅前の名画座がインチキな企画をやっているって事がかい?」
 急に話に喰らい付いてきた陣に気おされた和久井が恐る恐る確認した。
「違う、ドゴールが『白日夢』を駄作だって言っていることだよ。」
 最早、陣の声は怒鳴り声に近い。
「何を今更。そんなことは業界では有名じゃないか。君だって知っているだろう。」
陣は呆然とした。
「どうしたんだよ、急に。まさか、知らなかったのか?」
「ああ、悪かったな。俺はドゴールだの、ヌーベルバーグだのそう言ったインテリじみた映画は嫌いなんでね。」
 とは言え、陣はドゴールの作品に影響を受けていた。政治的な作品こそ執筆してはいないが、安っぽい犯罪小説のような、それでいて酷く哲学的で価値観を一変してしまうような、所謂ドゴール的な作品を幾つか執筆していた。もっとも、それらは未だに机の引き出しの中にしまわれてままではあるが。
「でも、見た事はあるだろう。彼の映画の一つや二つ。」
和久井が陣を見据えていった。
「まあ、一本や二本はね。」
 陣が肯定の返事を、遠慮がちに答えると、和久井は軽く頷いていった。
「こんな説が業界にはある。ドゴールの映画を観た物は、好き嫌いに関わらず、少なからず影響を受けてしまう———これはドゴールが凄まじい影響力を持っているということよりも、ドゴールが映画そのもの、つまりドゴールの作品が映画というジャンルの中にあるのではなく、映画というジャンルがドゴールという人物に含まれるという意味だ。だから、真に意味で映画を作った者はドゴールの一部になる訳で、その中にいるのだから影響をさける事は無理だ。避けてしまえば拒絶反応を受けた移植細胞のように、映画から切り離される。すくなくとも、僕はそう解釈している。」
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