白日夢
 和久井は青筋を立てて怒鳴り返した。それが本気である事を短い付き合いなりにわきまえている陣は渋々謝った。
「悪かった。ただ、本当にあのドゴールと会えると思うとなんだか夢でもみているんじゃないかと不安になっただけだ。何か誤解を生んだのなら謝る。」
 陣がそう言うと、和久井は納得したように言った。
「そうか、なるほど。よく考えれば君が僕を侮辱する筈がないよね。こちらこそ悪かった。」
 車が杜往町に入った頃、陣はよく知った顔を見た。
 神階雅美———北条雅美である。
 あ、陣は思わず声を出してしまった。すると、和久井は訝しそうに陣を見て尋ねた。
「どうかしたのかい?変な声を出して。」
 陣は、いや別に、と曖昧に誤魔化した。北条雅美と知り合いになったという事は誰にも言いたくなかった。勿論樋口にも言ってはいない。それに知り合いというほどでもない。
車はやがて、杜往町の山奥に進んでいった。鬱蒼と茂る森に挟まれた道路を真っ赤な車が通り抜けていく。上空から見たらさぞかし目立つだろうと陣は思った。
「本当にここでパーティが開かれるような建物があるのか?」
 陣は少し不安になった。何しろ、辺りには木しかないのだ。
「まあ、普通はそう思うよな。僕だって始めてきた時は、絶対迷った、と思ったもん。」
 和久井が言ったが、陣は聞いていなかった。何しろ鬱蒼とした森の中にぽつねんと巨大な洋館がそびえ立つように建っているのが目に飛び込んできたからだ。イギリスの初期ルネッサンス風の建物である。塔屋が一つ飛び出している。屋根が黒い。木々の陰から漆黒の影が天空に伸びている。地獄から悪魔が手を伸ばしているかのようにも見える。
「あれがそうなのか?」
「いかにも、アレが溝島邸さ。烏の館とも言われる。まあ建築された当時は結構話題になったんだけど、こんな山奥にあるとど」
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