白日夢
しかし、見れば見ればこの女性は神階雅美に似ている。本人ではないだろうか。気になると陣は思った。でも、多図ぬ寝るのはいささか無礼かもしれない。しかし、今聞かなければこのことについては一生謎のままだ。それは厭だと陣は思った。散々悩んだ挙句、結局、思い切って聞いてみることにした。もっとも、仮に本人であろうと簡単に肯定はしまい。
「あなた、もしかして」
 神階雅美さんですか、と陣がいうと、当の本人は口元に優しい笑みを浮かべたまま、照れたように答えた。
「ええ。もっとも今は北条雅美ですけども。」
 毎年ドイツで開かれる大きな映画祭で、数年前に大きな問題作が公開された。タイトルは『今宵その夜』。一人の若い女性が死んだ恋人を甦らすために子供の心臓を集めるという、背徳的なストーリー。観念的な映像を幾つも重ねて、その中に具体性を見出させるという斬新な映像感覚、そして何よりその主人公を演じる女優の渾身の演技が大きな評判を呼び、その年の最優秀女優賞、最優秀監督賞を受賞した。
 そして何を隠そうその刹那的美を銀幕いっぱいに表現したのが、今陣の目の前にいる、日本映画界の女神神階雅美こと北条雅美なのだ。
「大ファンです。」
 それは陣の本音だった。初めて彼女を見たのは、彼女のデビュー作『暴力の街』という、マスメディアを皮肉った意欲作だった。そして、その一本の映画を見た事で村下陣の人生は一変する事になったのだ。
 あれは三年前、今日とは正反対の凍えるような寒い冬の日曜日だった。ある出来事が陣を絶望させていた。
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