花菖蒲
 佳枝は会話の中で、理英が顔を出してくれていた事に、良かったと安堵していた。

 両親の家は海岸から道路を隔てて、小高い丘の上に建っていたので、遠く波立つ海が一望出来る。

 佳枝は風雨には閉口したが、窓から見える景色が好きだった。
 兄の昇一も好きで、年中友達を呼び込んでは、騒いでいたのを思い出す。

 母が用意してくれていた夕食を、お土産を寄る処があると、断り夕刻実家を出た。

 途中携帯電話も鳴らなかったから、高ノ井ホテルのロビーで良平を待つ。

 良平は六時半遅れずに来た。昔から、時間には正確な人だった。

良平は妻を見つけると、歩み寄ってきて
 「和食を予約しておいたけど、良かったかな」

佳枝の返事も聞かずに、係りの人に告げていた。

 以前から、勝手に喜ぶものと思いこみ、決めてしまう性格だろう。娘達は時折不平を言う事はあったが、佳枝は諦めて従うようになっていた。
 出来たら、今日はフランス料理とワインが良かったのにと、頭をかすめる。

料理が運ばれてきて、冷酒を二人で杯を掲げて

 「まずは一段落、おめでとう」

 佳枝はお酒が強い方だと思う、滅多に飲まないが顔色は変わらないし、上気はするが酔う事は無い。

 「美英は商家に嫁いで、大丈夫かな、ましてや両親と同居で」

 「私だって両親と同居でしたよ、あの娘は心配ありませんよ」


 「時代が違うよ、今とは」

 「好きで嫁ぐ訳ですし、それぐらいはわきまえてますよ」
< 7 / 10 >

この作品をシェア

pagetop