夢幻双子
プロローグ
ー水のにおいがするー
山の中を早足で鋭く前方を見据えて歩きながら男はそんなことを思う。
水辺が近いのか。
耳を澄ませば水の音がする。
そちらに目を向けると左の林の奥の開けた場所に滝が流れている。
目を凝らせば滝のなかに白い着物を着た女…いや、少女とも呼べるくらいの若い女が水に打たれていた。
時はまだ卯月。
立春といえどもまだまだ寒い。
遠目から見ても美しいとわかる肌の白い女は心なしか震えているようにも見える。
ーあの女は真か、それともこの森の見せた幻かー
ここらの地方では森が幻を見せるということが信じられていた。
こちらの住民ではないこの男でもあれが幻であると言われたら信じたかもしれない。
「葛木(かつらぎ)」
呼ばれて男ははた、と自分が歩みを止めていたことに気がついた。
「あぁ」
そうだ
自分には仕事がある。
雇い主に頼まれた仕事を早く終わらせるべきであった。
「急ぐぞ」
前の男に言われて走り出した。
葛木と呼ばれた男以外は女には気がつかなかった。
男たちは足音一つ立てずに姿を消した。