春となりを待つきみへ

歳はわたしと同じくらいだろうか。

癖のある長めの黒髪と同じ色のモッズコートを羽織っているけれど、背の割に細身なのは何となく見てわかる。

人目を引く綺麗な顔立ちの男だ。

けれど、恐らく、会ったことはない。


「ちょっと、お願いがあるんだけどさ」


男はわたしの手を掴んだまま、人慣れした表情でこてんと首を傾げた。

口調は親しげで人懐こい。だけど当然、わたしがそんなことを言われる謂れはどこにもない。


……一体なんなんだ、この状況は。

なんだかよく知らないけれど、面倒なことに巻き込まれそうな気がする。


「…………」


ぐっ、と男の手から逃れるように体ごと自分の腕を引いた。

けれど思いのほかしっかりと掴まれているそれは、意外にもびくともせず。

背中に、嫌な汗が流れる。


「……は、離してください」

「ん、無理」

「なんで」

「離したら逃げるだろ、あんた」


わたしの出す、迫力のない裏返った声とは裏腹に、その声はひどく穏やかで。

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