春風が吹く頃
「こんにちはー」
ひょこっと、店内に顔を出す。
「こんにちは、椿君。今帰り?」
ハルはレジのところに座っていた。
いつもは昨日のように、客のいない時は店の奥に居る、そう言っていた。
しかし店内を見ても客がいる様子はない。それなのに、何故か今日は店に居た。
まるで椿が来るのを待っていたように。
笑顔で迎えてくれるハルを見たら、涙が込み上げてくる。
杏奈といるときは気を張っていたこともあって涙なんか出てこなかったのに、ハルの笑顔で気が緩んでしまったらしい。
何に対しての涙なのかは分からない。ただ、ただ、流れる。
ハルが店の奥へ行くのがぼやける視界で見えた。涙は止まらない。
まるで、涙腺が崩壊してしまったようだ。
「これ飲みな」
奥から戻ってきたハルの手にはハーブティーの入ったカップ。
受け取って一口飲む。
すると自然と心が落ち着く。
「おいしい」
自分でも現金だと思うが椿の涙は止まっていた。
「ハルさん…言えたよ、先輩に……」
「そっか」
椿は昨日、ハルに杏奈のことを話していた。
「ありがとう」
「俺は何もしてないよ」
ハルの言葉に、椿は無言で首を横に振る。
「それでも、ありがとう」
END