銀杏


尊は暖かくて、安心した。

おばちゃんに『ストーブ持って来て?お母さん、寒いって。すごく冷たいの。』て言ったら、黙って抱き締めてくれて泣いてた。」

博貴は立ち上がると咲の前まで歩み寄り、手を引いて立たせた。

そっと咲を抱き寄せて言った。

「…辛かったろう。小さな体と心で受け入れるのは、言葉では言い表せない苦しみだった筈だ。話してくれて…ありがとう。」

抱き締められた博貴から微かに震えているのを感じる。

泣いてるの?

お母さんのために?

…尊たち家族の他に、まだこうしてお母さんのために涙を流してくれる人がいたんだ……。

咲の頬にもまた涙が流れた。

「……私ね、記憶が戻らないの。」

「…記憶?何の。」

「事故の日、おばちゃんに呼ばれたのは覚えてるの。でもその後気がついたら、冷たくてなったお母さんの傍にいた。何を見て、何を聞いたのか全然思い出せなくて…。」




< 441 / 777 >

この作品をシェア

pagetop