銀杏
「おーい、咲。」
フェンスの外から尊が呼ぶ。
「た…尊?」
びっくりした。練習中に声をかけるなんて初めてだ。
水泳部の仲間も、テニス部を見に来てた女の子たちも一斉にこちらを向いた。
尊と目線を合わせて話すためにしゃがむと、ヒソヒソ声で抗議する。
「何よ?突然。みんなこっち見て恥ずかしいんだけど。」
「わりーな。俺さ、家の鍵持ってねえんだ。一緒に帰ろ。」
「…いいけど、忘れたの?」
「うん。あ、先輩呼んでる。じゃあな。」
『一緒に帰ろ』
たったこれだけの言葉が咲のイライラを解消するように、自然に笑みが溢れた。