銀杏
またあんな気分を味わえというのか!?
止めてくれ!
今までもこれから先も俺には咲一人だけなんだ。
今更、離れて暮らすなんてできない。
待てよ、尊。
冷静に考えろ。
父ちゃんと母ちゃんが咲を手放すか?
俺より可愛がってるじゃないか。
そうだ。
父ちゃんや母ちゃんがそんなことする訳がない。
じゃあ、どういうこと?
その日は眠ることができなかった。
次の日になっても気分は晴れない。
咲に声をかけようと思うのに声が出ない。
咲を抱き締めたいのに体が動かない。
まるで呪縛にかかったように何もできず、時だけが過ぎていく。
日曜日、咲は陽が暮れても帰って来なくて、探しに行った。
案の定、銀杏並木にいて、一言『乗れ』と言うと黙って自転車にまたがる。
俺の背中で小さく呟いた声はかき消され、何を言ったのかわからない。