銀杏
キーッという自転車のブレーキ音に驚いて振り向くと、自転車にまたがった尊と目が合った。
「……。」
「え…えへ。ゴミが入っちゃった。」
誤魔化すために目をゴシゴシと擦ったけど、泣いたことはおそらくバレていたんだと思う。
尊は何も聞かず、「乗れ。」とだけ言った。
言われるがまま後ろに乗り、尊の腰に掴まって、背中に頭をこつんと当てた。
「母ちゃんが…呼んでる。」
「ん…。」
勢いよく動く自転車。頬に当たる風が涙を乾かしてくれる。
背中に耳を当てた。
トクン…トクン…トクン…
規則正しい心臓の音がする。
尊の命を刻む音だ。
温かくて安心する音。
あの時、お母さんの音は聞こえなくて、驚くほど冷たかった。
まるで氷のようだったんだ。