銀杏


「北条さん、出会った頃の北条さんは魅力的で素敵でした。
でも今はもう私の心の中には決めた人がいるんです。
望みに応えることはできません。
ごめんなさい。
北条さんのお家のことは誰にも言いません。
約束します。
もう訪ねることもしませんから。
さよなら。」

その場から早く立ち去りたくて、逃げるように家を出た。

涙が溢れる。

出てからもずっと走って、気がつけば銀杏並木にいて、木の根本にしゃがんだ。

溢れる涙が止まらない。
膝に顔を埋めて声を殺して泣いた。




泣きすぎて多分目は腫れてる。こんな顔、誰にも見られたくない。

俯いたまま髪で顔を隠すように歩いた。

お兄さんは…
本当の家族になれず…
愛した人と幸せにもなれず…
『父』と名乗ることも許されず…

お兄さんに幸せはあったんだろうか。
お母さんと過ごした7年間だけが幸せだった?
幸せな時の中にもそうでないことがある。
幸せはずっと続かない。
幸せも…不幸も…順番にやってくる。




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