銀杏


俯いていると尊は続ける。

「門限12時だろ。急がないと間に合わない。早く行け。勝手に帰ってくるんじゃない。迷惑だ。」

……迷惑。

ちょっと…顔を見れればよかった。
声が聞ければよかった。

でも“迷惑”とまで言われてしまっては逢うことはできない。

すぐに帰るつもりだった。
なのにそこまで言うことないじゃない。
悲しくて…
ムカついて…
腹が立って…
泣きながら怒ってる自分がいた。

意地になって“絶対尊の顔なんか見ない”と心に決め、顔を上げ、まっすぐ前を見据えて、背中を向けて立つ尊のすぐ横を通り過ぎた。

振り返ることもなく、そのままホームへと上がった。

尊の方を絶対見ないと決めたのに、ホームへ上がるともういないだろうと視線を移した。

でも尊は立ち止まったところから一歩も動かずこちらを見ている。
ううん。たぶん見ている筈。
だってコンビニの明かりが後ろから当たってシルエットだから。
“迷惑”とまで言っておきながら何でそんなに見つめるの?

泣き怒りの複雑な表情を見せたくなくて、遠目で分からないと思うのに視線を逸らす。




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