銀杏
泣いてるの?
それまでは、二人で喧嘩して悔し涙を流す咲を見たことはあった。でも誰にも知られないように、一人になって声を殺して悲しそうに泣く咲は、見たことがなかった。
いや…一度だけ。あれはいつ?
そうだ。小学校に入ってしばらくたった頃だ。咲が施設へ行って、初めて一人で俺んちに来た時だと思う。
咲を迎えに来た人が車に咲を押し込めた。遠ざかる車の中で窓ガラスを叩きながら、俺の名前を声の限りに叫んだんだ。
俺も母ちゃんもどうしていいかわからなくて、ただ車を見送るだけだった。
俺は怖くて、母ちゃんの服の裾をぎゅっと掴んだのを覚えている。
でもあの時、咲は大声で泣いたんだ。今みたいに声を殺してなどいない。
いつからこんな風に泣くようになった?
その涙は何の涙?
咲に近づこうとしても、足が動かなかった。