銀杏


少しだけほっとした表情をした。

先ずは安心させないと。

「咲はたぶん事故の時の記憶を忘れたくて、無意識にその前後の記憶を頭の隅に追いやったんだよ。
時間が経てば元に戻る。
だから心配するな。
でも一応念のために検査はしておくってさ。」

「…そう…なんだ。」

「何?何だかまだスッキリしてない顔だな。」

「…だって……リハビリを頑張ればもうすぐ退院だと思ったのに。来年の試合には出たいの。間に合うかな?」

「……。咲次第だろ。頑張らないとな。」

「……うん。」

この時の会話は、咲にとってただの気休めにしか過ぎなかった。
もしかしたら、もう選手としては活躍できないと感じていたのかもしれない。

検査の結果、頭の中にじわじわと出血していて、そのせいで脳が圧迫され記憶障害が起こっていた。

それともう一つ。
今までに、記憶を失ったことはあるかと訊かれ、幼い頃母親の事故を見てその前後の記憶を失っていると答えた。

確か、一度だけそんな話を聞いたことがある。




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