四竜帝の大陸【青の大陸編】
二十分ほど経ち。
おちびが戻ってくる気配を感じ、足元のじじいに確認してみた。

「おい、じじい。もう落ち着いたか? おちびが来るぞ」

じじいはきつく閉じていた目を開き、鼻をくんくんと……。

「うむ。大丈夫だ、どけ<青>」

言いながらヴェルは俺様を片手で払うようにして、ぶん投げた。

「痛ってぇな、じじい! 俺様はてめえのせいで大怪我してんだぞっ? ほんと、自己中って言うかなんというか……おい! 待て、こら!」

じじいは温室と居住区を仕切る扉に向かって、短い足で駆け出した。
それと同時に扉が開く。

「ハクちゃん! ね、もう匂わない? 髪の毛も洗ったよ? 全部着替えたし」

風呂から出てきたおちびは黒髪を拭きながら膝を付き、じじいはその膝に両手でしがみ付く。

「りこ! りこ、りこっ!」

まるで母親にすがる子供のように。
小さな頭を、おちびに甘えるように擦りつける。

「りこ……りこ」

じじいの頭の中は、つがいのことでいっぱいで。
俺の存在など、これっぽっちもありゃしない。
おちびの前にいるのは【ヴェルヴァイド】ではなく【ハク】なのだから。

「りこ、我のりこ! うむ、もう匂わない。我の好きなりこの体臭しかしない」

なあ、おちび。
人間をつがいにした竜の末路を知ってるか?
知るわけないか、じじいが教えるわけないもんな。

「体臭? ちょっと、ハクちゃん! もっと違う言い方ないの?」

おちびは笑いながら、じじいを抱き上げ。 
細い腕で、大事そうに閉じ込めて。

「私も、ハクちゃんの匂いが大好き……」

じじいと揃いの金の眼を細め、柔らかな微笑みを浮かべた。
おちびよ、異界の女よ。
竜の雄はけっしてつがいを裏切らない、裏切れない。
だが、人間は違う。
違うということを、俺様は知っている。
つがいにした人間の女のせいで『蛇竜』となった同属を、この手で殺したことのある俺は……。

もし、お前がじじいの想いを裏切る時がきたら。
じじいの愛を私利私欲の為に、利用するようになったら。
このランズゲルグが、お前を殺そう。
お前を失ったじじいが狂い、世界が壊れたってかまうもんか。
 
この俺の手で、じじいの【りこ】を殺そう。

「おい! おちび、ちょっと早いが昼飯にしようぜ。肉食って、体力つけなきゃ俺様は倒れちまう。背の為にも肉だ、肉!」

俺がお前を、殺す。
 

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