四竜帝の大陸【青の大陸編】

79

ハクの手は、動きを止めたままだった。
 

ハクの膝から降りるべきだ、私はそう思った。
降ろされる前に、自分から降りた方がいいと思った。
思ったけれど……思っただけで、降りる気にはなれなかった。

ハクに、触れていたかった。
少しでも長く、この人の側にいたかった。

「驚いた? ……騙されたって、思ったんじゃない?」

私は、目を瞑った。
今のハクがどんな表情をしているか、見たくなかった。

怖い。
 
見ることなんて、できない。
貴方の顔を、眼を。
見ることができない。

怖くて、見ることができないの。

さっき、知ったから。
貴方があんな眼で私を見ることができるんだって、知ってしまったから。

「ハク。私は……」

ハクは私に触れたくないから、自分の手で払いのけないでいるのかもしれない。
さっさと降りろって、ここから出て行けって思っているのかもしれない。
こんな女、もう触りたくないよね?
でも。
あと少しだけ、我慢してほしい。

「私……ハクが……貴方が欲しかった」

とうとう、言ってしまった。
汚い本心。

「こんな世界、私は来たくなかったんだもの。……無くしたものの変わりに欲しいものを手に入れたって、いいじゃない? 勝手に連れて来られて、帰れなくて……家族も何もかも、全部捨てなきゃならなかったのよ?」 

ばれてしまった。
醜い心。

「幸せになりたいって思って、なにが悪いの? 帰れないんだから、ここで幸せになるしかないのにっ……私がここで見つけた‘幸せ’は貴方だった」

ハクといられるなら。
ハクが私を必要としてくれるなら。
貴方が愛してくれるなら、帰れなくてもいい。

失ったもの全てより、無くしたもの全部より……貴方が欲しいから。



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