四竜帝の大陸【青の大陸編】
ころころ実験を中断し、ソファーに戻ったハクちゃんの向かいにはダルフェさんがちょっと引きつった笑顔で座っていた。
ハクちゃんは相変わらずの好感度ゼロな俺様的態度で、彫像のようにぴくりとも動かない。
作り物のような冷たい美貌はダルフェさんに向けられて、黄金の眼球だけがゆっくりと私とカイユさんを追って動いていた。
「さあ、トリィ様。お顔を洗いましょう。御髪も整えましょうね?」
そんなハクちゃんの視線を綺麗にスルーして、カイユさんは私の手を引いて寝室へ向かった。
カイユさんは歩きながら、そっとハンカチで私の鼻を拭いてくれた。
うう~、情けない。
顔を洗ってから会うつもりだったのにな。
カイユさんはドレッサーの前に私を座らせて、琺瑯の洗面器にお湯を入れてきてくれた。
柔らかな布をお湯に浸し、軽く絞って丁寧に顔を拭いてくれた。
私は小さな子供のようにされるがままで……。
温かで優しい手の感触に、絡まった糸くずみたいだった心の奥がほぐされていく。
「……ありがとう、カイユ」
鏡に映る自分の姿は、なりたかった‘大人の女’とはかけ離れていた。
涙の後を<お母さん>に拭いてもらい、髪を梳かしてもらって……すっかり安心したように<お母さん>に全てを任せ、甘えている私がいた。
小学生の時の私が、鏡の向こうに見えた気がした。
そんな自分を見たくなくて、眼をぎゅっと瞑った。
「……トリィ様」
洗面器を片付け、私の髪を梳かしてくれていたカイユさんの手が止まった。
こつんという、小さな音。
ドレッサーに置かれたブラシの木製の柄が、そこにあった口紅にあたった音だった。
カイユさんがくれた……ハクちゃんが似合うと言ってくれた口紅だった。
そう言ってくれたハクちゃんの口元にも、この口紅がちょっと付いていて……。
ハクちゃんも意外と似合うねと、私は笑った。
「カイユの前でなら、お泣きになってもいいのです」
私は、貴方とたくさんキスをした。
「……貴女は私の娘なのだから。母様の前でなら、いくら泣いてもいいのよ?」
これからも、いっぱいしてもらえる。
こんな私なのに、側に居させてくれる。
でも。
だから。
約束した。
子供の事では、もう泣かないと。
なのに、私は。
「ううぇっ、うう……カイユ、カイ……私は産みたかった! ハクの……あの人の赤ちゃんがっ」
この涙は、絶対に会えない私と貴方の子供への……さよならの涙。
さよなら。
さよなら、赤ちゃん。
名前をいっぱい考えてた……日本語でこっそり書いていたノートは、暖炉で燃やそう。
1人で夢見た【家族】の未来は、捨ててしまおう。
2人だけの未来で、もう充分だから。
さよなら。
ハクの……私の赤ちゃん。
ハクちゃんは相変わらずの好感度ゼロな俺様的態度で、彫像のようにぴくりとも動かない。
作り物のような冷たい美貌はダルフェさんに向けられて、黄金の眼球だけがゆっくりと私とカイユさんを追って動いていた。
「さあ、トリィ様。お顔を洗いましょう。御髪も整えましょうね?」
そんなハクちゃんの視線を綺麗にスルーして、カイユさんは私の手を引いて寝室へ向かった。
カイユさんは歩きながら、そっとハンカチで私の鼻を拭いてくれた。
うう~、情けない。
顔を洗ってから会うつもりだったのにな。
カイユさんはドレッサーの前に私を座らせて、琺瑯の洗面器にお湯を入れてきてくれた。
柔らかな布をお湯に浸し、軽く絞って丁寧に顔を拭いてくれた。
私は小さな子供のようにされるがままで……。
温かで優しい手の感触に、絡まった糸くずみたいだった心の奥がほぐされていく。
「……ありがとう、カイユ」
鏡に映る自分の姿は、なりたかった‘大人の女’とはかけ離れていた。
涙の後を<お母さん>に拭いてもらい、髪を梳かしてもらって……すっかり安心したように<お母さん>に全てを任せ、甘えている私がいた。
小学生の時の私が、鏡の向こうに見えた気がした。
そんな自分を見たくなくて、眼をぎゅっと瞑った。
「……トリィ様」
洗面器を片付け、私の髪を梳かしてくれていたカイユさんの手が止まった。
こつんという、小さな音。
ドレッサーに置かれたブラシの木製の柄が、そこにあった口紅にあたった音だった。
カイユさんがくれた……ハクちゃんが似合うと言ってくれた口紅だった。
そう言ってくれたハクちゃんの口元にも、この口紅がちょっと付いていて……。
ハクちゃんも意外と似合うねと、私は笑った。
「カイユの前でなら、お泣きになってもいいのです」
私は、貴方とたくさんキスをした。
「……貴女は私の娘なのだから。母様の前でなら、いくら泣いてもいいのよ?」
これからも、いっぱいしてもらえる。
こんな私なのに、側に居させてくれる。
でも。
だから。
約束した。
子供の事では、もう泣かないと。
なのに、私は。
「ううぇっ、うう……カイユ、カイ……私は産みたかった! ハクの……あの人の赤ちゃんがっ」
この涙は、絶対に会えない私と貴方の子供への……さよならの涙。
さよなら。
さよなら、赤ちゃん。
名前をいっぱい考えてた……日本語でこっそり書いていたノートは、暖炉で燃やそう。
1人で夢見た【家族】の未来は、捨ててしまおう。
2人だけの未来で、もう充分だから。
さよなら。
ハクの……私の赤ちゃん。